細川ガラシャ隠棲地の碑
弥栄町味土野にある細川ガラシャが天正10年(1582)から12年(1584)まで
細川ガラシャ夫人が幽閉されていた場所(女城跡)。
谷を挟んで向かいには家来たちが住んでいた男城跡がある。
現地までの道順を紹介します。
途中、道路の細い箇所が何か所もあるので
なるべく小さい車で行くことをおすすめします。
弥栄町野間へ行きます。
野中橋手前の看板
橋を渡って、左折します。府道75から府道57へ入ります。
道なりに行くと野間宮川橋と看板があるので
そこを左折して橋を渡ります。府道57から府道75へ入ります。
細川ガラシャ隠棲地まで5kmです。
道なりにまっすぐ行きますよ。
霰橋というところに看板が立ってます。
直進します。ここからは狭い道になっていきます。
途中には退避可能場所の案内がありますが
車1台が通れるくらいの道路です。
そんなこんなで下りてくる車を何台もかわして
道なりに進み谷底に落ちないように注意しながらたどり着きました。
何故か上部の壊れた石塔
付近の略地図
足元に井戸の跡がありました。
この上に碑が建ってるようです。
左側から登っていきますよ。
しばらく登っていくと見えてきました。
細川忠興夫人隠棲地の碑です。
というわけで、現代でもかなり山奥に感じる場所なのですが
当時はもっと山奥だっただろうと想像するわけで
どうやって生活してたのだろうと考えてしまいます。
途中から携帯が圏外になるので、事故には十分気をつけてください。